ぶろぐ

理転もしたけれど、わたしはげんきです。

積読記:鈴木さんにも分かるネットの未来(川上量生)

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」

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ネット世論ソーシャルメディアとネットメディア/プラットフォームビジネス/インターネットと国家/電子書籍・テレビの未来/インターネットと集合知ビットコイン

 

上記のようなインターネットに関連した昨今の話題たちを、簡素に本質を突いて説明している良書だと思います。インターネットの世界に長年携わってきた筆者だからこそ言及できるのであろう内容が多く、知ってそうで知らなかった色々を一気に吸収できたように思いました。おそらく、インターネット・情報通信産業に携わっている人ほど、本書を読むことでスッキリできるのではと思います。

 

インターネットという空間の歴史と現状

 

現在のインターネット世界には、ネット住民・ビジネスマン・デジタルネイティブの三つが存在しており、これらが互いに作用してインターネットのいろいろな出来事が生み出されているという見解が示されています。著者の川上さんも含まれると思いますが、堀江さん・ヒロユキさんなどはネット住民の代表格であり、インターネット世界における「オープン・フリー・シェア」のイデオロギー的な価値観を常に発信しているといえます。

 

ネット世論ネトウヨ)の形成・Twitterの炎上(バカッター)に対する制裁・特定の事件に対する執拗な情報収集と暴露といった、最近話題となっている側面には、このネット住民の複雑な感情が反映されているのではというのが川上さんの主張なのかなと思います。

 

25ページ

 日本のネット住民が他国よりも多い理由は、いくつか想像できます。ひとつはなんだかんだいって、日本はインターネットのインフラ整備が非常に進んでいる国であるということです。もともと、国が狭いわりに経済も豊かで、政府もそれなりにはインターネットを普及させる施策をきちんとやった、ソフト面の戦略は難しかったとしても、インフラ整備についてはきちんとやったということだと思います。

 

342-343ページ

 インターネットの登場は、おそらく本当に人類の歴史に残る大事件なのでしょう。でも、だからこそ、インターネットにかかわるさまざまな人が自分の都合のいい概念を、もっともらしく世の中に押しつけていて、本当の姿が見えづらくなっています。インターネットを仕事の場、生活の場にしている人ですらそうなのです。
 ビジネス的なご都合主義が未来への理想主義に装いを変えて、本来はイデオロギー的な主張にすぎないことが、科学的な真実であるとして喧伝されています。そんなことだらけです。
 そんなインターネットの中に住み始める人たちが現れました。ぼくがネット原住民と呼ぶ人たちです。ネット原住民とは現実社会にうまく馴染めず、ネット空間を自分の居場所に決めた人たちです。
 彼らは自分たちを排除した現実社会に恨みもあれば、ネットにおいては自分たちの方が詳しいという優越感も持っていて、複雑な感情を抱いています。
 彼らもネットとリアルを場として対比する感覚を持っています。ただしビジネスサイドからはリアルに対するネットという場ですが、彼らは逆にネットから見てリアルという場を意識しているという点が異なります。
 一方、若い人たちはデジタルネイティブと呼ばれ、ネットも生まれたときからあるのがあたりまえの世界であり、リアルの生活の場の一部にすぎません。
 ビジネスとネット原住民とデジタルネイティブの三つの要素からなる力学で考えないと、ネットの世界は正しく理解できないというのがぼくの考えです。

 

プラットフォームとコンテンツ

 

「結局のところコンテンツの相場というものは、人間が社会的にそのコンテンツにどれだけ依存しているかによってバランスが決まる(86ページ)」と言及されているように、コンテンツを創作するクリエイターがどの程度の価格でそれを提供するのかというのは重要な観点となります。Google PlayApp Storeの寡占状態においては厳しい状況を強いられるクリエイターも多いようですが、その中で、川上さんは「コンテンツ自体をプラットフォームにする」という主張をされています。そして、その一例として「有料メルマガ」を挙げています。とても原始的な形態でありながらも独自プラットフォームを作れるメルマガの強さを指摘されています。

 

また、そのまま「Free」という書籍が話題になったように、インターネット時代におけるコンテンツの価格は最終的に無料に行き着いてしまうのかに関する言及もなされています。さすがニコニコ動画の運営会社社長だけあって「クリエイターは報われるべきである」という思いが随所に垣間見え、好感を抱きました。

 

89ページ

 インターネット業界のほうでよく電子書籍の価格を紙より安くすれば普及するんだと出版業界を非難する人がいますが、安くしなければ普及しないようなものを新しい時代のメディアだと主張するのはどうかしていると思います。長期的にはコストの安いデジタルコンテンツの価格が競争の結果として低下することはあっても、まだ普及していない段階で、デジタルコンテンツというプラットフォームが普及するためのコストを払うべきなのはプラットフォームを握っているインターネット業界側であって、コンテンツ側に低価格戦略を無理強いすることでプラットフォーム普及のための宣伝費を肩代わりさせるような理屈はおかしいのです。
 ネットでデジタルコンテンツの価格を安くせざるをえないのは、やはり違法コピーの存在でユーザーが持っているコンテンツの価格の相場観というのが崩れてしまったことが原因なのです。ネット上でのデジタルコンテンツだからといって全部が安くなるわけではありません。むしろ先ほどもいったように、新しいメディアの登場というのはコンテンツの価格を上げる絶好のチャンスなのです。違法コピーの存在がなければ、おそらくデジタルコンテンツの価格はむしろ上がった可能性が高いのです。

 

未来の電子書籍

 

デジタルデバイスを用いて読書することへの”慣れ”が普及における課題になっているのは否めないようですが、それも時間の問題であり、紙よりも優位性のの高い電子書籍は近い将来きちんと普及するだろうと言及されています。そして、電子書籍が今後どのような方向に進化する可能性があるかを列挙されています。

 

個人的に一番興味深かったのは②の自動更新機能です。本書内では「動的に内容が変わる電子書籍」が実現されると書かれていますが、未完成の本を出版したり、各章をわけて配信したりすることが可能になります。この手法を用いた販売戦略・顧客とのコミュニケーション戦略の可能性は大いにあると感じました。

 

215ページ

① テキストや画像だけでなく、音声や動画などのいろいろなデータを取り込んでマルチメディアの電子パッケージ媒体になっていく。
② 自動的に内容が更新、追加されるようになる。
③ 検索、引用、メモ、読書記録の自動保存など、読書体験の進化。
④ 他人と読書体験を共有できるようになる(ソーシャルリーディング)。
⑤ 本の非局在化。自分の持っている本は、ネットワークにつながっていれば、どこでもさまざまなデバイスで読めるようになる。

 

機械知性と集合知

 

252ページ

 みんなが集合知と思っているものの多くは、よく考えると概念として存在しているだけで、実際に目にしているのは集合知に影響されて学力の向上した生徒だったり、集合知のある部分を代表して教えている教師のようなものだったりはしないでしょうか?
 ”全体の知性”と呼べるような集合知なるものが存在すると仮定すると、それは”全体の知性”に影響を受けた”部分の知性”とは区別して考える必要があるでしょう。
 なぜなら知性とはそもそも外部のいろいろな情報から影響を受けて判断をおこなうものなので、”全体の知性”であるところの集合知に影響を受けた”部分の知性”も集合知だということにすると、全部が集合知ということになってしまって都合が悪いからです。
 部分の知性が集まることにより、創発的に全体の知性なるものが誕生して定義できて、それが集合知だということにしたい。それと部分の知性は区別しないと混乱する、というのがぼくの考えです。

 

262-263ページ

 集合知は拡張された”部分の知性”と、このような自律分散システムが生み出す”全体の知性”がごっちゃになっているので分かりにくい、というのがぼくの意見です。どう、ごっちゃになっているのか、インターネットの無料百科事典としても、ウェブの集合知の偉大な成果としても有名な、ウィキペディアを例にとって説明しましょう。
 (中略)
 ぼくの見解では、記事の中身は関係なくて、知識レベルも意見も異なるだろうボランティアの編集者がお互いに影響しあうなかで、記事の中身が一定の内容に収束するはたらきの部分だけが”全体の知性”に属するのです。
 ウィキペディアの膨大な記事そのものは、”全体の知性”のコントロールの下で”部分の知性”に属するはたらきが生み出したものの集合である、と考えられるでしょう。そして一般にウィキペディア集合知の本体と思われているものは、こちらのほうでしょう。しかし、ぼくはウィキペディアの膨大な記事は、集合知そのものというよりは集合知が生み出した”排泄物”だと理解したほうが適切ではないかと思っています。

 

ネットビジネスの万能性

 

ドットコムバブル期の風潮に対する皮肉でしょうか。本質ながらも面白い言及がありました。パターンAの具体例としては、検索サービス・動画共有サイトが挙げられます。また、パターンBの具体例としては、ネットショッピング・ネット証券・ネット銀行・ネット生保が挙げられます。

 

337-338ページ

 なんでもネットをつければビジネスプランができてしまうという現象は、どういう根拠によって支えられていたのかというと、それはインターネットにまつわるビジネスというものは、ほとんどすべて安売り商法だからです。
 (中略)
 では、どうやって、あらゆるサービスや商品を安く、あるいは無料で提供できるのかというと、無料か有料かによる、それぞれひとつずつの単純なパターンしかありません。

 パターンA<無料モデル>

 ・合法的コピー、あるいは違法ではあるがネットユーザーが自主的におこなっているコピーを二次的に利用することにより、低コストでコンテンツを集めて、無料でサービスを提供する。

 ・集まったユーザを利用して広告収入を得る。

 パターンB<安売りモデル>

 ・ネットを利用してサービスや商品の提供をおこなうことにより、物流コスト、営業コストを抑える。

 ・その分、価格を安くする。