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ぶろぐ

理転もしたけれど、わたしはげんきです。

積読記:人と「機械」をつなぐデザイン(佐倉統)

今週のお題「読書の夏」

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人と「機械」をつなぐデザイン

人と「機械」をつなぐデザイン

 

 

本書の良いところは、とにかく未来だけを論じていることだと思います。今後どうなるのか、どうすべきか、を多角的視点で取り上げており、興味を抱いた箇所だけをつまみ読みしても十分に楽しめる書籍であると感じます。

 

全体を通して流れている軸は「『人と機械の関係』はどうなっていくのか」ということであり、最後部にて著者が述べていることが本書内での回答になっているようです。私はこの考えに全面的に賛同しますし、未来を生きる我々全員が共有すべき感覚であると思っています。

まあ、「ぎゃーぎゃー文句言っても便利なものの開発は止められないし、それならばそれを上手に利用する方法をみんなで考えようよ!」という感じですかね。

 

第3部14:「」内は抜粋

「サイボーグは、人を代替するロボットより先に実現するだろう」「人間と機械は共存している」「機械は人間の身体の一部である」という事実において、「人と機械の関係が進んで行く方向に、迷いはない」。そして、「機械を含む人工物システムが、独立した生命系のように進化していくのだとすれば、ぼくたちにできるのは、そのメリットを少しばかり大きくする(あるいはデメリットを少しばかり小さくする)ための、ちょっとした工夫や心構えの仕方を考えることぐらい」なのである。

 

上述の通り、ロボットよりもサイボーグが先に実現するだろうということですが、そうであるならば、最近流行りの自律ロボットが進むべき方向はどこにあるのでしょうか。個人の見解ですが、やはり、鉄腕アトムドラえもんではなく、人の助けを借りないと生きていけない「弱いロボット」こそが本流になるのだと考えます。

 

ロボット開発をしている人こそ、人がロボットに期待する技術水準を達成することの難しさを痛感しているそうです。全く基礎研究が足りていないのだと、現在のロボット開発環境を嘆く方もいらっしゃいます。そうであるならば尚更、人と対峙する存在ではなく、人が助力してようやく一人前になれるロボットの存在を考える必要があるのかもしれません。そのような視点をもって人と機械の関係性(HCI・HRI)を模索してみたいですね。

 

<補記1>

印象に残った箇所の引用は、別記事に委ねました。

 

<補記2>

つい最近話題になったヒッチハイクロボット(hitchBOT)は、まさに「弱いロボット」の一例です。そもそも社会実験的にヒッチハイクをさせていたらしいので、壊されたことも一つの糧として、彼らをいかに人間社会に馴染ませていくかが今後考えられていくでしょう。

(ロボットを用いているのではなく、単に荷物を運んでもらえるかどうかだ!という批判もあります。「弱いロボット」がただの荷物・機械に陥らないよう注意する必要があるのは、確かかもしれません。)

 


HitchBOT the hitchhiking robot - YouTube


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