ぶろぐ

理転もしたけれど、わたしはげんきです。

積読記:風の帰る場所(宮崎駿)

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インタビュー嫌い(というより、自分の発言が活字にされることが嫌い)な宮崎駿氏の言葉が掲載されたインタビュー集です。作者は宮崎駿となっていますが、実際にはインタビュアーである渋谷陽一氏との会話形式で構成されています。

 

この渋谷氏の存在こそが本書の最大の魅力だと感じました。宮崎駿という巨匠に対して、全く躊躇することなく反論していく。監督が自身の作品について語った言葉でさえ、容赦なく否定していく。おそらく、このようなスタンスでインタビューをされたからこそ、「紅の豚」の公開前から「風立ちぬ」の公開後までの長期間にわたって、宮崎氏の生々しい発言を活字にできたのだと思います。なぜなら、宮崎氏はなかなか本心を口に出さないからです。本書を読み始めるとすぐに気付きますが、宮崎氏は可能であれば話をすぐにそらそうとします。監督であれば自分の思いの丈を世間にぶつけたいというのが筋だと考えるのですが、そういった行為の一切を嫌っているようようです。なぜ、それを嫌うのか。「言語化されるものは即座に消費されて陳腐化される」これを認識されているからだと思っています。この言葉はチームラボの猪子氏が指摘されていたものですが、一瞬にして消費されるくらいなら謎のままでよい、という考えをお持ちなのかもしれません。

 

0. 肯定も否定もせずに、世界の全てを受け入れる

1990年から2001年までの宮崎駿氏の発言の変遷をみていくと、このタイトルに集約されると考えました。「もののけ姫」以前のインタビューでは、現実世界に対する嫌悪感を随所で明らかにしています。それは、作品に対して自身の理想を詰め込むほど、現実世界の汚さが目に付くからだと思います。「紅の豚」以前は、まさに自分の理想と現実世界がはっきりと分断していることを宮崎氏は好んでいたような、そんな印象を受けます。しかし、「紅の豚」において自身の姿と重なる中年を主人公にしたことで、自分自身を整理することができ、「もののけ姫」において、善悪も全て含めて世界を受け入れることの表明を成し遂げたと考えます。これはインタビュアーの渋谷氏の見解と重なりますが、このように思いました。

 

ちなみに、「世界を受け入れることを表明する」というのは、アシタカが「タタラ場で生きることを決意した」ことと同義のようです。渋谷氏もインタビュー内でこの「タタラ場で生きること」について熱く言及されていますが、このセリフは宮崎駿氏の考えを知る上で本当に重要なものであると思いました。

 

だらだらと書いてしまったので、本書から特に印象に残った言葉を引用させていただきます。()の部分を除いて、引用は全て宮崎氏の発言です。

 

1. 風が吹き始めた場所(1990年11月)
紅の豚」本格始動前

 

22ページ:
ええ。だから、自分たちの業界の中とかー業界っていう言葉が当たるほどの業界じゃないですけどねーその中で希望というものを見つけだそうとするのはもう無理ですから。例えば東京にいてね、なんとかこの街の中で若者が生きる希望を見出すような映画は作れないかとかねーだけど、そんなもの作らないほうがいいですよ!こんな街はさっさと出てったほうがいいって 

 

2. 豚が人間に戻るまで(1992年7月)
紅の豚」公開後

 

90ページ:
大体そうやってやってきたつもりですから。なんかやっぱりねえ、なんだろうなあ、自分も含めて、人っていうのは愚かなんだなあっていう、人間が考えてるより人間は複雑で、同時にそんなに賢くないんだなっていうことをうんざりするほど思い知りましたね。だからといって、僕は理想のない現実主義者になりたいと思ってる人間じゃないですから、そういうふうになるつもりは毛頭ありませんけど。

 

3. タタラ場で生きることを決意したとき(1997年7月)
もののけ姫」公開後

 

151ページ:
(渋谷氏:この台詞のために僕はこの映画はあると思っているんですが、この「僕はタタラ場で生きる」という台詞は宮崎さん自身が言ってるんですよね。)
いや、別にそうじゃないですけど、アシタカはそう言わざるを得ないと思ったんです。『故郷に帰らないんですか?』っていう奴はずいぶんいましたけど
(渋谷氏:いや、タタラ場で生きないと意味ないでしょう。)
意味ないですよね。

 

155ページ:
ええ、覚悟してやろうと。それから、自然に優しいジブリなんて思い込んでいる奴を蹴飛ばしてやろうと思ったんです。なにをトンカチなことを言ってるんだと。俺はそんなもんじゃないはずだってわかってるはずだと。実際はわかってないんですけどね、当然ね。

 

163ページ:
いや、僕は、人間を罰したいという欲求がものすごくあったんですけど、でもそれは自分が神様になりたいんだと思ってるんだなと。それはヤバイなあと思ったんです。それから『新世紀エヴァンゲリオン』(庵野秀明監督)なんかは典型的にそうだと思うんだけど、自分の知ってる人間以外は嫌いだ、いなくてよいという、だから画面に出さないっていう。そういう要素は自分たちの中にも、ものすごくあるんですよ。時代がもたらしている、状況がもたらしているそういう気分を野放しにして映画を作ると、これは最低なものになるなと思いましたね。むしろ、全然流行らない人々とか、ドンくさいものに立ち入る部分をはっきり持たないと、その上で人間はなにをやってるのかということを問わないと、これはエライことになるなと思ったんです。

 

5. 風の谷から湯屋まで(2001年11月)

 

246ページ:
その時代時代で、通俗文化っていうのはその上に乗っかっているわけで。で、それもまた次のモデルになっちゃうわけですから。だから、三鷹の森の美術館を作ったときに、最初の部屋っていうのは、そういう意味でいろんなものをベタベタ貼るような部屋にしたんです。古いものを下にして、その上に新しいやつを貼っていくっていうね、そういうふうにしたんですよ。だから、部屋で最新式のコンピューターに向かってポコポコやってるところからクリエイターは出てくるんじゃなくて、もっと古いものの集積の中から出てくるんだと思うんです

 

269-270ページ:
だから、みんなトトロを描くと似ないんですよ。なにが似ないかっていうとね、みんなの描いたトトロっていうのは、なにかものを見てる顔になっちゃうんですよね。でも、見ちゃいけないんです(笑)。焦点の合っていない、なんだか得体も知れず、茫洋としてたほうが神聖さみたいなものを感じさせるような気がするんですよね。気を利かしたり相手の気持ちをおもんぱかったりするのは自分たちでもできるから、とにかく呆然とそこにいて安心させてほしいっていう、そういう存在を誰でもどっかで望んでると思ったんです(笑)。

 

312ページ:
だから、どんな状態になっても世界を肯定したいっていう気持ちが自分の中にあるから、映画を作ろうっていうふうになるんじゃないかと思うんです。それと、その五十年後の大量消費文明の終焉とがどういうふうに繋がるのかっていうね。