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ぶろぐ

理転もしたけれど、わたしはげんきです。

伊藤若冲と◯◯:はじめに

伊藤若冲と◯◯:はじめに
伊藤若冲と◯◯:チームラボ
伊藤若冲と◯◯:ジブリ作品
>to be continued…

 

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1. 若冲と現在

 

伊藤若冲の略歴・生涯・作品群の紹介は、他のブログや文献に譲ります。ここでは、若冲の作品群と現代日本 ー その中でも諸外国との差別化を実現させている「日本」 ー のつながりを考えてみました。文化というものは過去から現在の我々に無意識下で受け継がれ、その感性や表現手法に影響を与えます。動植物を徹底的に観察して絵画を完成させた伊藤若冲、そして、表現手法は違えど徹底的なこだわりをもって作品を完成させるクリエーター、両者の間に存在する共通項を考えてみました。

 

なお、本シリーズは随時アップデートします。日本が諸外国と圧倒的に異なる部分とはなにか、そして、その圧倒的な差異をいかにして生かすかを考えたいからです。「八百万の神」思想が文化・経済のあらゆる事象の根本にあると直感では考えていますが、その自論は確かなのか、少しずつでも探っていければと思います。


2. 若冲作品の魅力

 

今につながる一連の伊藤若冲ブームの発端は、2000年に京都国立博物館で開催された「没後二◯◯年 若冲」展であると言われています。この企画を手がけた狩野博幸氏は若冲ブームの立役者であると同時に、若冲に関する研究者として著名です。ここでは、狩野氏の著書から若冲作品の魅力を取り上げてみます。


◯鮮明な色彩

同時代の他の画家と比較すると、若冲の作品はとにかく色彩が鮮やかで豊かです。何がこれを可能にしたのでしょうか。それは、若冲の出生に由来します。若冲は京都の錦小路で青物問屋を営む一家の長男でした。土地持ちでもあったようなので、かなりの富裕層です。狩野氏もその著書の中で高価な画材について触れています。

 

異能の画家 伊藤若冲 27ページ:
(《動植綵絵》全体について)大切に保管されてきたということはもちろんですが、絵具がものすごくいいんですよ。だから、薄塗りなのに発色がよくて褪色も少ない。近年の修復では、全作ではありませんが「裏彩色」が用いられていることもわかりました。あの微妙な輝きや豊かな色彩は、裏彩色のおかげだったわけです。さらに、画絹も質が良くて大きさが約140×80センチもあるから特注品でしょう。そうした最高の材料を使って、おそろしいほどの密度で描き込む。

 

若冲ー広がり続ける宇宙 133ページ:
(《秋塘群雀図》について)七十四羽の雀の盛り上がった眼はすべて漆で造られていることに気づきたい。普通には胡粉を盛りあげて眼を造り、その上から墨を塗って済ませるところを、錦小路高倉の青物問屋の隠居は、金にあかせて漆を使ったのだ。立体的に造られた眼だが、墨ならば輝きはしないのに、漆で盛りあげた雀の眼は灯りをあてればまさしく眼球そのもののように光るのである。


◯徹底的な観察 

絵画を始めた当初の若冲は、技術習得のために狩野派や中国の絵画を数多く模写します。模写した作品数は1000点とも言われています。そして、その膨大な経験が狩野派や中国画とも異なる独自の作風を生み出したと言われています。ちなみに、若冲が模写するような作品は寺社が所有している場合が多く、作品を見せてもらうために大枚をはたいたようです。


その後、若冲は模写を止め、現実の対象を観察して創作するようになります。若冲作品には鶏がモデルとなっているものが多数あります。これは、他の動物と異なり当時でも入手しやすかったためと考えられています。若冲は鶏を放し飼いにして、その動きを徹底的に観察しながら作品を創作します。その観察眼によって観賞者も楽しくなる躍動的な絵が完成されたのだと思います。

 

若冲ー広がり続ける宇宙 39ページ:
日本の風景や人物は、かれにとっては「画」の対象となるものではない。中国の画家は実際にある「物」を見て描いているのに、自分はかれらが実物を見て描いたものをさらに写しているのに過ぎない、という思考の経路にあるのは中国画の絶対的優位という思い込みである。であるからこそ、日本の風景や人物は問題外になるしかない。若冲はそういった、と大典は書くのである。

 

若冲ー広がり続ける宇宙 40-41ページ:
庭に放った鶏の瞬時瞬時に示す姿態の徹底的な観察と写生を数年続けたのち、若冲はさらに対象(「物」)を拡げて行った、と大典は述べる。(中略)鶏の姿態を感得したのち、今度は、草木や(鶏以外の)鳥、あるいは虫や獣、魚類といった生きとし生ける動植物のすがたを知り尽くすことによって、それらのなかに潜む「神」に出会うことが可能になるし、そうして初めて手が動いて描けるようになった、と。ここでいわれている「神」とは、ほかのところでは「神気」とも表現されているが、要するに「物」のうちに潜んでいる霊妙な働き、とでも換言し得る。


◯生命性とリアリティ

徹底的な観察に基づく作品には生命が宿っているように映ります。しかし、それ以上に若冲作品の生命性とリアリティを高めている表現があります。それが病葉(わくらば)です。同時代に活躍した狩野山楽円山応挙が描いた作品には、枯れた葉などは描かれていません。その多くの作品が寺社への奉納を予定していたからだと考えられています。他の画家と同様、若冲もその絵画の多くを寺社に奉納しています。しかし、若冲はその点を意に介さず、自分が見たままを表現していたようです。

 

若冲ー広がり続ける宇宙 145ページ:
気をつけて見ると、「動植綵絵」に限ってみても、葉に虫が喰った穴があいていたり、染みが出ていたり、枯れかかっていたりしている描写がはなはだ多いことに気づく。つまり、若冲は意識的に病葉を描くのである。吉祥画という意味では、これは大きな欠陥というほかない。ないが、若冲は敢えて病葉を描く。若冲画の本質が実はここに潜んでいるのだ。


3. 取り上げたい作品

 

伊藤若冲の作品といえば《動植綵絵》が最も有名です。また、最近では、チームラボが《Nirvana》の題名でデジタル再現した《鳥獣花木図屏風》も広く知られています。しかし、ここでは派手な"若冲らしさ"とは少し離れた作品を取り上げます。どちらも若冲晩年の作品です。

 

・犬が題材となっている作品 上:《百犬図》・下:《親犬仔犬図》

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・終の住処に残した石像群 《五百羅漢

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4. 文献

 

一般人でも読める伊藤若冲の関連書籍は多くありません。その中から私が選択した以下の書籍はそれぞれ志向が異なることもあり、両方を読んで丁度満足できる知識量になると感じました。なお、本投稿で紹介した内容は全てこれらを参考にしております。

 

異能の画家 伊藤若冲 (とんぼの本)

異能の画家 伊藤若冲 (とんぼの本)