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ぶろぐ

理転もしたけれど、わたしはげんきです。

積読記:情報の文明学(梅棹忠夫)

 

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情報の文明学 (中公文庫)

情報の文明学 (中公文庫)

 

 

本書は、梅棹氏の論文「情報産業論」を中心として、その前後に発表した論文や講演内容を書籍化したものです。現在を生きる者の視点から読むと、違和感なくその主張を受け入れることができます。しかし、本論文の発表後しばらくは論説の正確な把握がなされていなかったようです。また、梅棹氏は、情報産業の中心をなすコンピューターの可能性を認めつつも、その革命的影響力の確信まではいたっていなかったようです。しかし、1960年代という時代にありながらその可能性を軽々しく扱っていないところに感服します。

 

113ページ:
四半世紀のながれのなかで、「情報産業論」に対する理解は、かなりの程度の正確さをくわえてきたようにおもわれる。おもえば、発表当時は、このかんがえかたの全体像を正確に把握するには、時代の条件が熟していなかったのかもしれない。

 

296ページ:
つまりコンピューターは、計算と情報ストックのためには、はなはだ有用であるが、言語を主体とする人間の知的生産に対しては、はたしてどれほどの革命をもたらしうるかは、いまのところ疑問なのだ。この疑問は、現状に関するものであって、コンピューターの将来にむけてのものではない。


1. 情報産業論(1963年)

 

本論文の最大の功績は、農業の時代・工業の時代・精神産業(情報産業)の時代の三つに人類の産業の展開史を分け、情報産業という概念を生み出したことにあると言われています。また、この三つの時代を生物学的に捉え、内胚葉産業の時代・中胚葉産業の時代・外胚葉産業の時代として定義しています。この捉え方を提示することで、当時の読者にも本論文に対する納得感を与えられたのだと思います。なお、内胚葉は消化器官系・中胚葉は筋肉・外胚葉は脳神経系などの感覚器官という解説が加えられています。

 

また、もう一つ重要な指摘があると考えます。それは、農業・工業・情報産業という流れで産業が勃興した中で、各産業の進展は前段階の産業をその基礎条件としており、前段階の産業の進展を助力したという点です。

 

54ページ:
こうして系列化してみるとき、人類の産業史は、いわば有機体としての人間の諸機能の段階的拡充の歴史であり、生命の自己実現の過程であるということがわかる。この、いわば人類の産業進化史のながれのうえにたつとき、わたしたちは、現代の情報産業の展開を、きたるべき外胚葉産業の時代の夜あけ現象として評価することができるのである。

 

54ページ:
もとより、中胚葉産業たる工業の時代においても、内胚葉産業の農業はきえてなくならなかった。むしろそれは、工業的生産の基礎条件として存続したのである。おなじように、外胚葉産業たる精神産業の時代にはいっても、その前段階的産業の工業がなくなることはあるまい。さらに、もうひとつてまえの段階の産業たる農業さえも消滅はしまい。ただ、あたらしい産業の進展につれて、ふるいものの相対的な重要さがへってゆくだけである。


2. 情報産業論以降の論考

 

次に、その後のインタビューや論文の中で非常に目を引いた箇所、つまり、今後の情報産業を考える上で参考になりそうな論考を紹介します。

 

◯精神産業の可能性

69ページ:
内胚葉産業および中胚葉産業は、そのいちじるしい発達にもかかわらず、じつは人間の、いわば動物とともに共有する機能を産業化した以上のものではない。しかし、脳を代表とする外胚葉性の諸器官の発達こそは、人類のもっとも偉大な特徴であり、しかもその機能はもっとも未開発であり、もっとも可能性にとんでいる。人間の全活動のなかで「精神」こそはいまのところもっとも不活動的であり、もっとも組織化のおくれている部分なのである。

 

◯情報とは

76ページ:
情報はそれ自体で存在する。存在それ自体が情報である。それを情報としてうけとめるかどうかは、うけ手の問題である。うけ手の情報受信能力の問題である。高等動物において、脳神経系、感覚諸器官がひじょうに発達しているということは、情報受信能力が高度に発達していることを意味する。

 

204-205ページ:
コンニャクは栄養価はないが満腹感を与え、消化器官系を興奮させるという話の続きで)情報というものには、かなりの程度にこのコンニャクに似た点がある。情報をえたからといって、ほとんどなんの得もない。それは感覚器官でうけとめられ、脳内を通過するだけである。しかし、これによって感覚器官および脳神経系はおおいに緊張し活動する。それはそれで、生物学的には意味があったのである。

 

261ページ:
情報提供者が支はらう代金とは、いったいなんであるか。電信、電話、郵便の場合も、いずれも情報伝達のための装置、ないしは設備の使用量とサービス料ということであろう。あまりにも日常的なことで、だれもおかしいとはおもわないが、かんがえてみると奇妙なことである。情報は、しばしば提供する側が金をだすのである。

 

◯博物館の経済学

190ページ:
経済活動としても、博物館の経済効果はそうとうなものです。経済学の人たちにおねがいして、その計算をやってもらってまとめたのが『文化経済学事始め』です。ここ民博の財政資料は全部のこしていましたから、それをもとに、資料を産業連関表にのせて波及効果を分析したわけです。(中略)どれだけ経済的効果があったかというと、このような文化施設、博物館は道路とおなじくらいだという結論がでた。


3. 情報の文明学(1988年)

 

「情報産業論」を発表して以降、梅棹氏がこれを単行本にまとめようと長年模索した中で書かれたのが本論文です。もともと経済・産業よりも文明・民俗学を専門とされていたこともあり、非常にスケールの大きい話を展開されています。2015年現在から未来を考えるにあたっては、本論文の方が役立ちそうです。

 

◯情報と文化

223ページ:
人類史における情報の問題は、すでに人間対人間のコミュニケーションの話ではなくなってきているということなのである。個人の存在をこえて、情報が環境を形成しているという点では、情報は文化にちかい。文化は人間がつくりだしたものであるけれど、個々の人間にとっては、すでに存在する環境である。あるいはあたえられた環境である。(中略)文化とは、集団の共通の記憶のなかに蓄積された情報のたばである。それは個人の生命をこえて存在する。

 

◯文明とは

236ページ:
文明とはなにか。文明とは、人間と人間をとりまく装置群とでつくる、ひとつの系である。システムである。(中略)人類が発生した初期の段階では、人類は他の動物と同じように自然環境のなかで存在していた。その場合も、人間を自然環境とのあいだでシステムをくんでいた。そのような人間-自然系でつくりだしたシステムを生態系と名づけ、それに対して、その後の人類がつくりだした人間-装置系のことを、文明系とよぶことはゆるされるであろう。


4. その他の指摘

 

「情報の文明学」と同時期に発表した「情報の考現学」と、高田公理氏による解説から抜粋して紹介します。工本主義が強い日本において、なぜクリエイターが活躍しにくいのか。情報産業を発展させるためのキーポイントがここで知ることができます。

 

281-282ページ:
情報産業の生産物には原価はあるか。工業製品とおなじような意味での、原価を算定することができるか。一例として、書籍について考えてみよう。(中略)通例の書籍では、情報の提供者であるところの著者のとり分は、印税というかたちで原価に加算されている。そのパーセンテージの算定の基礎はなになのか。それは明確ではない。(中略)著者の印税額をもって、その情報の代価とかんがえると、それは発行部数ないしは、売れゆきによって決定されることになる。(中略)著者の収入は、その労働量とも比例しないし、情報の独創性とも連動しない。(中略)情報産業的成果物の代表的なものとかんがえられる書籍において、現実はこういうようになっている。メディアとして、あるいは本というかたちでの工業製品としての価格と、情報の価格とが融合してしまっているのである。

 

313ページ:
じつは情報の創造とは、食欲を充足され、生産のための筋肉労働から解放された人間にとっての「あそび」にほかならないことがわかる。そこに、本書の著者が「やや危険思想だ」とかたる、あらゆる存在や行為に、ただ知的なおもしろさだけを追求する純粋な「あそびの精神」がうまれる。ふしぎはない。人類文明史とは、じつはあらゆるいとなみを「あそび」に転換させる努力の過程であったともいえるからである。


5. 情報革命に続くものとは

 

それでは一体、情報革命に続くものとはなんでしょうか。情報革命のあとは工業革命・農業革命へと戻る、という指摘がなされています。3Dプリンターやバイオテクノロジーの発展を指しているのでしょう。しかし、各産業は前段階の産業の進展を助けることを梅棹氏は指摘されています。ということは、情報の上に積み重ねる別のなにかが情報革命に続くものとなるはずです。工業の時代においても情報産業の時代の萌芽は存在していたと、梅棹氏は指摘されています。果たして、次の萌芽はなんでしょうか。

 


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