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理転もしたけれど、わたしはげんきです。

積読記:日本語の作文技術 新装版(本田勝一)

 

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新装版 日本語の作文技術

新装版 日本語の作文技術

 

 

今の時代、一言入魂で言葉を紡いで拡散させる技術の方が大切かもしれません。ビジネスメールも結論と理由を箇条書きで書くほうが一目瞭然です。しかし、本書で紹介されている技術はすぐに実践できるほど簡単で分かりやすい。また、単なる技術論に終始することなく、日本の国語教育や文法(特に英語との比較)に対する見解も展開されています。むしろ、そちらの方が読み応えがありました。


1. 国語教育

 

冒頭の「はじめに 」の中で日本語教育に対する見解が示されており、読みながら同意の念を抱きました。私の最も苦手な科目は中高一貫して現代文であり、高得点を取った時でさえ煮え切らない思いでした。なぜ、こんな面倒臭い文章を読まなければいけないのか。なぜ、この人の主張を要約しなければいけないのか。現在もなお同様の教育がなされているか分かりませんが、本文から一部抜粋して紹介します。

 

2-3ページ:
たとえば小学校のころは、たしかに「綴り方」の時間がありました。しかし六年間を通じて、どの先生も「技術」は教えてくれませんでした。(中略)書いて出すと、先生はいくばくかの評を書いてくれますが、それは「よく書けましたね」とか、「ここのところはもう少しくわしく書けばよかったね」とかいった印象批評や感想だけです。

 

8-9ページ:
どんないいことが書いてあっても、五年生の子ども(読者)にとって、説明をしなければわからない説明文は悪文だ。そういう悪文を教材にすることに、まず間違いがあるのではないかと思いますね。五年生の子どもが読んでおもしろくて、なるほどとわかるもの、極端にいえば一回読んで。そういうものを教材として載せろと言うんですが、そうすると、授業することがないと言うんですよ。


理解しやすい文章を読んで、なぜその文章が分かりやすいのかを議論する。また、その理解した文章の内容について議論する。このような現代文教育だと楽しいだろうなと率直に思いました。


2. 英語と日本語

 

「第一章 なぜ作文の『技術』か」では、西欧語(主に英語・フランス語)と日本語の比較論評に対して持論を展開されています。西欧語と比較して日本語は特殊である・論理的でないなどという俗説は妄言であるとして、そもそもの社会の論理が異なる言語同士を同じように考えることの無益さを指摘されています。

 

また「第六章 助詞の使い方」では、日本語を理解する上で欠かせない助詞「は」について学説紹介などを用いて解説しています。助詞「は」問題としては、料理を注文する際に「ぼくはうなぎだ。」となぜ言うのかといった話が有名ですね。この助詞「は」の使い方の中で、形式上の主語「it」について触れている箇所が秀逸です。

 

29-30ページ:
あらゆる言語は論理的なのであって、「非論理的言語」というようなものは存在しない。言語というものは、いかなる民族のものであろうと、人類の言葉であるかぎり、論理的でなければ基本的に成立しないのだ。(中略)言語とはすなわちその社会の論理である。そして日本語の論理や文法は、ヨーロッパ語の間尺で計測することはできない。

 

211ページ:
三上章氏は日本語の助詞「ハ」について、その深層構造を独自に掘りさげてゆくところから新理論を提出したともいえよう。その結果到達した一つが「主語廃止論」である。三上氏の文法論は、もちろん完全無欠の域に達したわけではないが、日本語というものの基本的性質を知る上で、たいへん重要な指摘をしたことは否定できない。

 

216-217ページ:
いやでも何でも、どうしても「主語」を出して強調せざるをえない。何かを強調してはならぬ関係のときでも、常に何かひとつを強引にひきたてざるをえない文法というのも、ある意味では非論理的で不自由な話だ。気象や時間の文章でitなどという形式上の主語を置くのも、全く主語の不必要な文章に対して強引に主語をひねり出さねばならぬ不合理な文法の言葉がもたらした苦肉の索にほかならない。


3. 作文技術

 

修飾する側とされる側・修飾の順序・句読点のうちかた・漢字とカナの心理・助詞の使い方・段落を、本書では作文技術として紹介しています。しかし、著者自身が「私が重点的に申し上げたいのは『修飾の順序』と『句読点のうちかた』(とくに読点)の二つであります。」と記載されいる通り、これらが技術の核になっていると感じます。


◯修飾の順序

  1. 節を先に、句をあとに。
  2. 長い修飾語ほど先に、短いほどあとに。
  3. 大状況・重要内容ほど先に。
  4. 四.親和度(なじみ)の強弱による配置転換。

 

「悪:速くライトを消して止まらずに走る。」→「良:ライトを消して止まらずに速く走る。」や、「悪:豊かな潤いをもえる若葉に初夏の雨が与えた。」→「良:初夏の雨がもえる若葉に豊かな潤いを与えた。」等々、多数の例を挙げて紹介しています。無意識的にわかりやすい・わかりにくいと感じられるものが理屈となって理解できるため、とても頭に残ります。

 

◯句読点のうちかた

  1. 長い修飾語が二つ以上あるおき、その境界にテンをうつ。(重文の境界も同じ原則による。)
  2. 原則的語順が逆順の場合にテンをうつ。

 

「原則的語順が逆順」というのは、修飾語順の反則のことです(135ページ)。つまり、修飾の順序と読点というのは密接な関係にあることになります。筆者も指摘している通り、重要でないテンはうつべきではないため、修飾語の順番を入れ替えてできるだけテンを省略する方向に努力すべきであると考えます。実際に試してみると、結構テンを省けますから驚きです。